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東山手の巨星たち
橋本国廣先生

2020.02.05


橋本国廣先生

立春の頃

「今朝は寒かったですね。」という朝の声かけが沢山聞こえてきた昨朝。

そういえばこの季節は春の雪。いつか書物で読んだ『春の雪』をご紹介させていただいた記憶があります。西高東低の冬型の気圧配置が崩れるこの季節、そのすきを縫うように北からの冷風が雪をもたらす『大雪』。

天気図を眺めると、年末からあまり見かけなかった「雪だるま」マークをみかけるようになったような気がします。この寒さは本来この季節は余寒というのでしょうが…。

今朝の気温は4℃。今年は暖冬だったため寒さを一層感じる立春の頃。

資料室を整理して

記念誌等でよく記されている本校元教諭・橋本国廣先生(国語科・旧制中学時代7回卒・昭和17年~昭和43年在職)は、長崎そして海星の史実をよく整理されまとめられ、後生の私達に大きな財産として書物を残してくださっています。

たくさんあるその中より、今日は1つをご紹介させていただきます。

東山手の巨星たち

100周年記念誌に先生のこのような文が残っています。題名は『東山手の巨星たち』

そこには海星が産声を長崎であげてからの事がしばらく記されています。

興味深い授業風景

長崎市浪の平の洋館ーベランダと広い芝生の庭とがあったーを借りて、四名のフランス・マリア会員の先生達が授業をはじめたのだったが、そこは外国人居留地だったから、集って来た数名の生徒達はすべて外人の子弟ばかりだった。


ジャックバルツ初代校長(正面)・右からセレスタンランバック先生・レオポルドポーマン先生・ジョゼフグットレーベン先生

しかし四名のフランス・マリア会の先生達が、はるばる万里の長城を越えて来日した目標は、もちろん日本人にヨーロッパの文化を伝え、キリスト教を広めたいためであったから、西洋人の子ども達ばかりの学校では不本意だった。

そこで居留地を出て外浦町ー今の長崎県庁(※注 旧長崎県庁)の隣りーに大きな邸があったのを借り、日本語の学校案内を島内神父に書いてもらって生徒募集をしてみたところ、十数名の生徒が入学して来た。

ところが、その生徒達はフランス語も英語もまるっきり知らない者たちばかりだったし、それに先生達の日本語も赤ン坊程度のおぼつかないものだったから、その授業風景はまことに興味深いものだったと、当時の先生だったランバック先生(海星創立以来五〇年間、海星の先生だった。そのほかに高商《現在の長大経済学部》にフランス語を教えに行ってもおられた)が話をされたことがある。


ランバック先生(1941〔昭和16〕年度卒の生徒と)
※ランバック先生は1941年8月に海星を去られました。(1941年12月8日・太平洋戦争に突入。外国人教師によって始められた「海星」から外国人教師がいなくなる。これも時局による出来事だった。)

そこで、学校では、まず、生徒の授業中はもちろんのこと、休憩時間中も、学内での会話は一切、フランス語か英語を用いることという校則を作った。こうして鍛錬された当時の生徒の外国語がすばらしかったことはうなずける。

平山政十は、そんな教育を受けた海星の第一回卒業生で、そのフランス語の会話は、フランス人にそっくりだったそうである。

だから東京へ出て、その特技を大いに発揮して活躍しているうちに、第一次世界大戦の終結を始末する平和会議がフランスのベルサイユ宮殿で開かれたものだから、それに出席する日本代表団の通訳官に選ばれ、花のパリの宮殿で、得意のフランス語を縦横に駆使して華々しい活躍をした。

後年、北朝鮮で広い牧場を経営して大成功したが、その際ベルギーの名誉領事を委嘱され、任務を果たしてベルギー国皇帝から勲章を授与された。フランス語のおかげだった。

※原文まま(一部注釈)

紹介

このように橋本国廣先生の文章は当時の海星卒業生の活躍を紹介しながら軽快につづく。その文章題名は『東山手の巨星たち』

機会があれば、またご紹介させていただきたい。

※写真は海星100周年記念誌より。

 

 

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