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海星ぶらぶら
海星ぶらぶら その2

2018.03.29

満開の桜。

染井吉野に山桜。見渡す春の彩りが、最近続く青空に映えています。平成30年度・新年度からは海星ブログはまた通常更新をさせて頂きます。(春休み中は不定期更新)

今週土曜で3月が終わり、日曜日からはいよいよ4月。平成30年度 始業式・入学式は、4月9日(月曜)です。

海星ぶらぶら

今までは徒歩で通学していた学校ですが、春からは路面電車に、バスに、シャミナード寮に入寮してなど、新しい時間が始まる人も多いと思います。

心に余裕があれば周囲の景観もよく見えるとは思いますが、「入学直後は校舎をひたすら目指す朝と、自宅玄関に向かう夕方の連続でした。」(70回生) と、卒業式で耳にしましたので、海星学園に入学してくる皆さんに、今日は海星学園周辺を少しご紹介します。

通学路の一つ『大浦海岸通り』。そこから曲がるとオランダ坂。その坂上に海星学園はありますが、ちょっと待って下さい。大浦海岸通り沿いに建つ『長崎みなとメディカルセンター(市民病院)』前に石碑があるのをご存じでしょうか。

野球部選手が三和グラウンドへ練習に行く際、この先でバスの乗降をしますが、まさにその近くにある2つの石碑。

まずは奥の石碑をご紹介。

この石碑は現在の『税関』にあたる、運上所跡を示す石碑です。ちなみに運上所という呼称は1863年(江戸末期)から。それ以前は湊会所と税関は呼ばれていました。その湊会所跡も、この近くオランダ坂入り口の場所にあります。

オランダ坂入り口にある『湊会所石碑』。この坂を登れば海星学園校舎

 

そして、その運上所跡石碑に並んである、もう一つの石碑。

我が国で初めて、鉄道が走った場所がここなのです。

鉄道創業は、1870(明治3)年。横浜港で陸揚げされ建設が進み、2年後の1872(明治5)年に初代横浜駅が建築され、横浜ー品川間に最初の鉄道が開業していますが、その鉄道建設5年前に日本で初めて機関車が走った場所なのです。

現在は路面電車が通り、モータリゼーションにより現代人の足となった自動車が行き交います。奥には松ヶ枝埠頭に寄港する客船。

歴史ロマンを感じずには居られない場所です。

またその2つの石碑近くに案内説明板がありました。

日本人なら誰でも知る歴史上の人物や出来事が書かれている案内説明板。目を閉じること文明開化の息吹が聞こえてきそうです。

オランダ坂を登ると見えてくる校舎。

通称『大曲』を曲がらず、案内板にある海星中学校・高等学校(ステラ・マリス)・シャミナード寮と書かれた矢印右に歩を進めます。

すると左手に案内説明板が現れます。

この東山手にあったイギリス領事館。このイギリス領事館跡に、海星中学校校舎が現在はあるのです。

赤茶色のラインが丈夫にある白色校舎。その土台には、かつてイギリス領事館の方々が往来した階段が、現在も校舎内には残っています。

歩みを進めると、奥に見える中央館の姿。

東山手には長崎の歴史のみならず、開港後近代国家にすすんでいく日本の歴史が数多く見られます。

新入生の皆さん、通学路でも多くのことを感じ、そして学んで欲しいと願っています。

※写真は東山手周辺。

 

海星ぶらぶらーその1(海星ブログ・2016年3月30日再掲)

長崎市を象徴する名所『オランダ坂』をのぼり生徒の皆さんは東山手町にある学園に登校します。教室の窓からは、グラバー園・女神大橋・稲佐山を望むことができる景観は、海星ブログで何度もご紹介させていただいています。

 

今日は海星学園周辺の景観をご紹介させていただきます。

現在、海星学園が位置する東山手町は、東山町・元町・日の出町・中新町などに隣接しています。

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1856年、下田(静岡県)に着任したアメリカ総領事ハリスとの間で江戸幕府との交渉が開始され、1858年に日米修好通商条約が結ばれました。この条約には、神奈川・長崎・新潟・兵庫の開港が盛り込まれていました。

さらに外国人居留地を設けることが合意されたため、長崎でも東山手町をはじめその周辺には多くの外国人居留地が造成されました。

 

東山手周辺は、もともと段々畑で、そこを住居用に造成。現在でも残る石垣に、当時の面影を見ることができます。

 

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道路も整備され石造の道は至る所で生活道路として生きています。

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住居がない場所は、現在は所々公園として活用されています。

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東山手町から続く元町の坂を上っていくと長崎港を見渡せる景観が大きく広がります。
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真ん中やや左に見える青い屋根が海星学園です。

 

この坂を上ると、通称・ドンの山 といわれた山頂にたどり着きます。何故『ドンの山』と呼ばれるのか。

天気を調べる『長崎測候所』は、1878年(明治11年)に設置決定。この長崎測候所は、日本初の地方測候所として開設されました。
(前年の1877年に大久保利通氏の建議により全国5カ所・長崎・兵庫・仙台・青森・新潟)

当時の日本情勢はというと、

1891年(明治24年) ロシア・ニコライ皇太子(ロマノフ朝最後の皇帝となる後のニコライ2世)が長崎を訪問
1892年(明治25年) 海星学園創立
1893年(明治26年) 長崎測候所・開設
1894年(明治27年) 日清戦争  (日清戦争当時、長崎にいた約1.000人の華僑の方々は、1894年約2割から3割程度に激減しました。)

そしてその長崎測候所。

実は、海星学園付近にありました。

1898年(明治31年)、第3代校長ニコラ・ワルテル師が4月に就任し、同年8月に煉瓦造り・コンクリート外装・屋根裏部屋も入れると3階建ての新校舎建設が完工。そのため長崎測候所は『ドンの山』(報時のために空砲を撃っていた砲台設置の山)こと、風取山山頂へと移転しました。この空砲を撃ち報時を市民に知らせていたことに由来した命名なのです。

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案内板によれば大砲設置は1903(明治36)年10月。海星学園ができて12年目です。

当時の日本は、前年に1902年日英同盟を締結し、翌年の1904年に日露戦争が開戦する頃。市民に正午を知らた大砲は当時のまま残っています。

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大正11年8月に最新式の大砲に代わり、1941(昭和16)年3月まで38年の長い間活躍しました。ちなみに同年12月に太平洋戦争が始まっています。

現在、公園として整備されている「ドンの山」。

平成30年 東京海星会主催・東京在住新卒者歓迎会

日 時  平成30年 4月21日(土曜) 16時00分~
場 所  東京都中央区築地4-12-6『築地郎』
tel03-6278-7753

※新卒者ではなくても構いません。東京在住、もしくは高校・大学を卒業し関東近郊にいらっしゃるOB・OGの皆さん、お待ちしています。詳細は、海星同窓会事務局・濱崎(英語科)まで【tel 095-826-7321】

第142回九州地区高等学校野球長崎県大会

■3月29日(木曜) 12時00分~予定 ビッグN球場
2回戦 海星ー諫早

團俊晴展

平成30年3月18日(日曜)ー3月31日(土曜) 平日12時ー18時/土日祝 10時30分ー18時 (火曜定休日)
カリオモンズコーヒー大村店  大村市坂口町520-2

■團俊晴 海星美術部顧問
2015年 第60回記念長崎県展 野口弥太郎賞受賞
2016年 第25回記念英展 優秀賞
2017年 海星学園新中央館壁画コーディネイト
2018年 第13回長崎県選抜作家美術展 出品

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